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2001年の感想

2001年8月6日

若尾久美さんのレポート

2001年のクリエイティブ・ミュージック・フェスティバルは、8月10日~12日の2泊3日、とある田舎で開かれた。フェスティバルといっても、大規模なものではなく、一緒に音楽をやったり、踊ったり、話したり、食べたりというものです。皆、機嫌良く過ごせたのは、田舎のゆったりした空気のせいかな? 今年の呼び物は、地元「ル・サンク」の「焼きたてパン」と3つの即興ワークショップです。ここは広島県の総領町といい、JR広島駅から北東に約150キロ、ハイウェイを使って車で約2時間、中国山地沿いの谷間にあります。山に囲まれ川があって、という自然豊かなところです。ものすごい田舎というほどではないですが、バスや電車で行くのはちょっと大変かな。会場となったのは元小学校で、人口減で廃校となったのです。広い運動場の片隅に、ゲートボール場が作られていてちょっと寂しいですが、校舎は手を加えられて今は、「ふるさとセンター田総」という宿泊研修施設となっています。「過疎の村」として小学校の教科書に載ったこともある、と聞きました。 村のはずれということもあって、周囲に家や店はほとんど見あたりません。いや、実は酒屋さんが一軒あって、目ざとい誰かがここで「どぶろく」を見つけたとか。なんにもない田舎ですが、なかなか楽しいところでした。

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参加者は、部分参加の8名を含めて35名で昨年よりやや多かった。講師3名とスタッフ3名を加えると約40名(内、男性10名)が、校内をうろうろしていたことになる。遠方は福島県から、そして東京から、あるいは大阪、京都、神戸など関西圏、また愛知、島根、岡山、地元の広島近辺から、南は長崎、鹿児島から、という具合で全国さまざまなところから集まった。今年は情報をインターネットで知って、という人が増えている。参加者が去年より多かったのは、「音楽療法」という文句がチラシに載ったせいもあるかな。回数多く参加しているのはなぜか男性陣で、なかなか元気に盛り上がっていた(さきほどの「どぶろく」のこととか)。皆、結構重い楽器やコンピュータや駄楽器(ダガッキ、新井さんによればおもちゃ楽器のことをこう言うらしい)等をたくさんしょって来ていた。みんなの音楽への関心の方向や個人の経歴は本当にさまざまです。音楽系や教育系の大学生と院生が10人ほど、大学教員、小・中・高の学校の先生、音楽講師、等で約10人、コンピュータ関係の仕事数人、フリーで活動しているミュージシャンなど数人、音楽療法関係の仕事をしている人達、あるいは目指している人達、また美術館職員、出版社の編集、オーケストラのエキストラ(ハープ)という人も。

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ワークショップは、3人の講師によるもので、まず体奏家(タイソウカ)でダンサー、パフォーマーの新井英夫による動きの練習から始まり、このフェスティバルのためにドイツから来日した山田衛子によるリリ・フリーデマンの即興の紹介、そしてフェスティバル主宰の若尾裕による音楽療法における即興について、という流れだった。全てのワークショップで、みんな等しく動きに加わり、等しく音を発し、発表した。それぞれのワークショップの概要と実際を、たくさんのメニューの中からいくつかピックアップしてみます。(ワークショップのタイトルは、とりあえず私がつけたものです。)

《新井英夫「ダンス即興」ワークショップ》

野口体操で知られる(故)野口三千三の創始した通称「こんにゃく体操」と呼ばれるものを、新井さんが独自にアーティスティックに応用したものです。こんにゃくのように、身体をくにゃくにゃにほぐしてみよう、ということで付いたネーミングなのでしょうか。そういえば、私も学生時代に野口先生の授業を受けたことがあるなあ、とすっかり忘れていたことをワークショップに参加するうちに、次第に思い出してきた。いつも「(ピアノを弾く)姿勢が悪い」とか言われたっけ。新井さんは、この野口先生に直接、長年学んだという。非常にパワフルでありながら、すっきり軽い身のこなしは、人を一挙にひきつける。彼が動くと空気が変わる。確かにダンスというより、見えない風にゆらめいているよう。

*透明シートの海 

新井さん特製の薄い透明シート(家の外壁塗り替えなどに使う幅広の)をつなぎ合わせたものを皆で持って、広げていく。小学校の体育館いっぱいに広がる。さざ波のように動かす。小さなエネルギーが波状に伝わっていく。とても美しい。開け放った体育館を渡る風にゆれて、生き物のように波打っている。この現実のイメージを身体に移し変えてみる。

*液体人間 

二人一組になって、身体を揺する。一人は寝て、もう一人が足首を持って小さく揺すってあげる。身体が波のようにさざめいて、揺れが次第に上半身~首~頭へと伝わる。身体の中身が液体になったようで気持ちいい。波の上に浮かんでいるよう。

*ふくらむ風船 

空気がすっかり抜けた風船、これが私の身体。そしてこの風船に少しずつ、少しずつ、空気を送り込む。先ず片足、胴、腕、お腹、首、最後に頭、そして完全な人間の形となって宙に浮かぶ。そして空気はまた徐々に抜けていき、最後にすっかりしぼんでしまう。シューシューと音をたてながら、風船になりきってやる。

《山田衛子「即興音楽」ワークショップ》

(故)リリ・フリーデマンは、日本ではほとんど未知の人ですが、今から40年以上も前から新しい芸術としての即興に取り組んできた人です。私もドイツに数日間立ち寄った時、山田さんに連れられてL.フリーデマンのアパートに伺ったことがある。89年ころだったが、すでに相当のお年だった。アパートの一室で、皆で輪になってゴングをたたいて教会の鐘になったことを思い出す。確か、50歳くらいまでオーケストラでバイオリンを弾いていたらしい。彼女は「ある時楽譜の通りに弾くのはもう止めたって思ったの。楽譜に縛られるのはもうおしまいにしようってね。それで即興を始めたの。」と語ってくれた。年をとってもそんなことを言うおばあさんってかっこいい。山田さんのワークショップでは、感情や技巧などの個人的な恣意のない、非常にベーシックな音作りを体験した。即興が決して刹那的な音の放置ではなく、その人自身の存在を問うものであることを感じさせた。

*3声の対位法 

一人が、ある動きを繰り返す。別の一人は、その動きに対して異なる動きをする。3人目の人は、いままでの二人とはまた違った動きをする。そうやって3つの動きで一つの全体であるようにする。また、この動きに対して、音を付けていく。3つの動きと3声の音の対位法。

*新聞紙

全員で輪になって立つ。古新聞を持って、新聞紙のひそやかな音を聴く。だんだんに別の人が出す音の真似をする。他の人のたてる新聞紙の音を自分の新聞紙で真似ながら、または、自分で新しい音を作りながら徐々に、全体は変化してゆく。最後には破れた紙の山ができた。

*花束

皆それぞれに楽器を持って、いっせいに音を鳴らす。一人だけ指揮者になってまん中に立つ。指揮者はみんなの出す音をよく聴いてまわる。好きな花を野原で摘んで花束を作るように、好きな音を選んで、音の花束を作る。最後に3つの音だけにして、この3人は、前へ集まって奏でる。音がカオスの状態から次第に減ってゆき、ひとつひとつがはっきり聞こえてくる過程が興味深い。

《若尾裕「音楽療法」ワークショップ》

最後の日は、このフェスティバルの主宰者である若尾裕による音楽療法という立場から見た即興です。若尾は、まず音楽療法家である前に、音楽家としてのレベルを問題にした。クリエイティブであること、音と音楽に精通していること、安易な意識が陥りやすい音楽の状況、など。そして、次に重要なのが療法家としての音楽の「幅」。つまり、ある一部の現代音楽のように厳しい修練を伴う音楽から、子供の遊びのように音と戯れることまでの、音楽上の「幅」について。瞬時にこの「幅」の大きい揺れを自由に使いこなすことの重要性、などが具体的な例とともに語られた。

*音探し

グループに分かれて、周囲を散歩。いろんな音が鳴りそうなところを探し、その場でしか作れない音楽を創る。私の加わったグループは、貯水槽の鉄板の上を選んだ。歩くだけで音が響く。大きい竹をころがす、貯水槽の中に向かって叫ぶ、ホースをひっぱってきて水を流す、水の飛び散る音と形、鉄板の上でレンガを動かす、枯れた草木のこすれる音。

*雨乞い

空気がぽわーんと湿ってきて、雲のあやしい動きとともにぽつっ、ぽつっ、と雨が。次第に雨粒は大きく、早くなり本格的な降りに。さらにどしゃどしゃの大降り。そしてまた次第に止んでいく。全員で指、手、膝、足を使って表現。そうとうの降りでしたね。

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2日目の夜は音楽室で公開コンサートが開かれた。ダンス・ワークショップの発表もあり、いままでになく多彩な内容だった。その内のいくつかを拾ってみると。

《公開コンサートより》

1 口琴オーケストラ

新井さん始め口琴を持ってきていた人がかなりあり、また初めての人も加わって総勢9人の口琴楽団が即席で出来上がった。一人一人の音色の違いが印象的。

2 リコーダーと鍵盤ハーモニカ

一人で、リコーダー2~3本同時演奏の寺島巨史とフェスティバル事務局・須崎朝子の鍵ハモによるメドレー。

3 アイリッシュ・ハープ

ハーピスト三宅美子によるアイルランド民謡他。

4 リボンコントローラーとバイオリンの即興

尾上祐一の自作楽器リボンコントローラーと若尾久美のバイオリンによるデュオ。

5 ダンスソロ(音楽つき)

新井英夫ダンスソロ。山田英子(ブロックフレーテ)と若尾裕(ピアノ)による音楽つき。

6 ダンス・ワークショップ発表+音楽隊

自由参加のダンスと音楽で約20人による発表。

7 ヴォイス・ソロ

ヴォイス団kuuの加藤千晴のソロ。

8 うるさくてごめんねバンド

永幡幸司の呼びかけでできたうるさいバンド。総勢7名。サックス・コンピュータ・リボンコントローラ・鍵盤ハーモニカ・打楽器いろいろ。

9 WAVE
寺内大輔のパフォーマンス用作品の初演。ほとんど全員を動員しての音と動きの連なり。野球応援の時にやるウエーブから発想したとか。

10 その他いろいろ

ダンスとリボンコントローラーによる即興、MAXソフトによる音響、ピアノ弾き語り、扇風機を使っての声のパフォーマンス、などなどこの他深夜にわたって繰りひろげられた模様。ちなみに地元からのお客さんは4名。

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この会の全てのお世話は、移動劇団「ノラ」のメンバーが当初からきめ細かに受け持っている。福祉施設で音楽を担当する佐藤さん、幼稚園勤務の正田さん、大学院博士課程在学中の須崎さん、の3人だ。新幹線広島駅からの送り迎えの手配、おいしくて好評だった朝のパンの手配、麦茶つくりからゴミの始末、お金の計算まで・・本当にご苦労さまでした。今回は、一応予定の参加者数をクリアしたので、経済的な持ち出しはなかったらしい。ちなみに参加費は、宿泊・食事など全て込みで、24000円でした。2回目と3回目におこなった島根県の音戯館では、一部講師料の助成があったのだけれど、今回はそれが難しくなったのです。だから経費節減のため、施設使用料が一番安い第1回を開いたここへ戻ってきた、というわけです。 *** 田舎の3日間は、あっという間に過ぎてしまいました。夏に好きなことをして思いっきりリラックスしてしまおう!というのがこの音楽祭の本音ですが、参加者も何かを得なければ、というような緊迫した気構えはなく、夏の一コマとしてこんなのもいいかな?というふうに見えます。また、参加者同士の情報交換も行われ、お互いCDやチラシなどを持ち寄って並べています。本人を目の前にして聴くCDは、また特別の味わいですね。そしてコンサートは、誰でも作品や演奏を自由に発表できる場です。この垣根の低い小さい音楽祭が、来年もまたなんとか開催できるといいな、と思っています。

音場舎通信44号(2001年10月6日発行)より

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