CMF Logo

ミヒャエル・フィッシャー 「ヨーロッパ・フリーインプロヴィゼーションの歴史」(寺内大輔訳)

2007年8月24日

ヨーロッパ即興演奏の歴史についてのいくつかの考察
                             ミヒャエル・フィッシャー

 このレクチャーでは, 特に1960年代初頭からの, アコースティックな即興演奏の歴史について, 実例をお聴かせしながらお話ししたいと思います。

 ヨーロッパにおける黎明期の即興演奏は, 1960年頃の, アフロ・アメリカン[1]の「フリージャズ・ムーヴメント[2]」から大きな影響を受けて発展しました。はじめは, アカデミックでない音楽[3]や, 特定のバックグラウンド[4]のない音楽から, 個々にもたらされました。自分自身を即興演奏で表現しようとする即興演奏家達は, 言うまでもなく, 様々な方法を用います。即興演奏の様式は, 個々の音楽家の環境や個人的な音楽的興味, その時代のモデルなどから影響を受けています。

 Peter Niklas Wilsonと Bert Noglikは, 即興演奏の歴史研究について, 重要なドイツの学者です。Bert Noglikは, ‘Klangspuren’ という本を書きました。その本の中には, 「ヨーロッパ的な即興演奏の発展」の原動力となるいくつかの事柄が述べられています。

 次に7つの例を挙げてみましょう。

1.1960年代初頭, アメリカのジャズの伝統が行き詰まり始め, フリージャズが  花開いた。John Coltrane, Cecil Taylor, Ornette Coleman, Albert Aylerといった新しい音楽を実践する即興演奏家達は, ヨーロッパの音楽家に影響を与えた。

2.アメリカのフリージャズの音楽語法とヨーロッパの作曲技法とを組み合わせようとした音楽家もいる。彼らは, 作曲家Stockhausen, Cage, Berio, Xenakis, Messiaen, Lutoslawski, Pendercki, Kagel, Ligeti, Webern の作品に用いられている音楽的素材に類似性を見出したことから[5], ヒントを得た。Pierre Boulezが, Anton von Webernの作品について「彼は音の持つ意味を取り戻した」と語ったことは興味深い。この, 「アメリカのフリージャズの音楽語法とヨーロッパの作曲技法との組み合わせ」は, ヨーロッパ的な即興演奏の発展の主要な段階である。

3.アメリカのフリージャズの様式を壊そうとした音楽家もいる。彼らは, バロックやルネサンスの様式に, ヨーロッパの即興演奏の伝統を見出していた[6]。

4.イギリスの音楽家は, 自由即興演奏の土台として, 「ノン・イディオマティック・ミュージック[7]」を始めた。私達は, 今もこれを「ヨーロッパ的な即興演奏」のアイデンティティだと見做している。

5.ヨーロッパの音楽家は, アメリカのジャズ教育法[8]の真似をすることを批判し, より信頼できる価値[9]を求めた。

6.インド音楽や東洋的な音楽様式など, 他の伝統における即興演奏への興味。

7.ヨーロッパの音楽家達はよく, 「自分達がどれだけアメリカのジャズの伝統と関係しているか」について議論していた[10]。

 ヨーロッパ的な即興演奏の発展の影響についてのポイント

 1960年代中期には, イギリスの’AMM’ や ‘Joseph Holbrook’ といった小アンサンブルが, 作曲と即興と融合を掲げて活動していました。その頃, 「インスタント・コンポジション」と呼ばれる, 作曲のアイデアを即興演奏の文脈ですぐに実現するといった活動が盛んになりました。

 1960年代後半には, より大きなアンサンブルが台頭してきました。Alexander von Schlippenbach’s Globe Unity Orchestra, Misha Mengelberg’s Instant Composers Pool Orchestra, Tony Oxley’s Drum Workshop Orchestra, Barry Guy’s London Jazz Composers Orchestra or the London Improvisers Orchestraなどがそうで, やはり「作曲と即興との組み合わせ」についての興味を持っていました。
 また, Buchla や Moog[11]などの電子楽器の発展も, この時期に新たな音楽を作るヒントとなりました。

 さて, ここでヨーロッパ各地の状況について, 5つの例を見てみましょう。

1.Wuppertal(ウパタール), ここは西ドイツの石炭の採掘で有名な小さな町だが, ここは, ヨーロッパ即興演奏の黎明期の, 重要な発祥地として有名になった。Peter Kowald とPeter Brötzmannが, 1960年から61年にかけて, 同じクラブで毎週月曜日に一緒に即興演奏を始めた。最初は, 2人から5人程度しかお客さんはいなかった。

2.東ドイツでは, Conrad Bauer, Ernst Ludwig Petrowsky, Günter Sommer といった音楽家が, 1960年代中期にフリージャズの演奏を始めた。1970年代には, 活動はより活発になり, 国内の音楽家のみならず, ポーランドやハンガリーの音楽家との共演なども始まり, また, ヨーロッパ全土からも音楽家たちを招待するといった活動も始まった。当時は, 東側諸国の音楽家が西側諸国へ行くことは極めて困難であったが, 逆は可能性であった。

3.ロシアでは, アンサンブル ‘Archangelsk’ (アルハンゲルスク)が, 生計を立てるためにホテルのゲストのためのダンス音楽を演奏していた。Archangelskは白海の街の名前で, スカンジナビアに近い。彼らは, そうした演奏の最後に, 自由即興演奏をしていた。多かれ少なかれ, 彼らはアメリカからもヨーロッパからも孤立した音楽家達で, 20年以上にもわたって独自の折衷的様式による即興演奏を続けた。

4.ハンガリーの作曲家, ピアニストのGyörgy Szabadoszは, 民俗音楽と作曲, 即興との融合という分野で重要である。1950年代後期, 彼はアメリカからのラジオ放送を聴いてジャズを知り, 1960年代には独学で演奏を始めた。彼の即興演奏は, アメリカ的ともヨーロッパ的とも違う, 彼独自の様式を持っている。

5.1960年代初頭から中期にかけて, 南アフリカでの音楽家Christ McGregor Louis Moholo, Johnny Diyani, Mongezi Feza, Dudu Pukwana,そしてベーシストの Harry Miller 達によるアンサンブル ‘Blue Notes’ がヨーロッパに招待され, 演奏した。 ‘Blue Notes’ は, アフリカ人と白人によるモダンジャズ・アンサンブルであるが, 当時の南アフリカでは, このようなバンドは不法であった。彼らは, 南アフリカの聴衆からの人気を得ていたが, ロンドンに移住することを決めた。彼らのうちの何人かは, ヨーロッパやアメリカの即興演奏家達の要請によって, 共演者になった。

 さて, ここでまた, 一般的な事柄に戻ります。

 1960年代中期から, ヨーロッパの即興演奏の発展に2つの大きな流れが見られます。
 ひとつは, アメリカのフリージャズの流れを汲むグループです。ドイツでは, Peter Kowald, Peter Brötzmann, Sven-Ake-Johannson, Günter Sommer, オランダでは, Han Bennink, Misha Mengelberg, Willem Breuker, ベルギーのFred van. Hove,スイスのIrene Schweizerなどがいます。

 もうひとつの流れは, ノン・イディオマティックな音楽性を追及するグループで, イギリスのDerek Bailey, Tony Oxley, Keith Rowe, Evan Parker, Gavin Bryars, John Stevensらがいます。

 これらの2つの流れについて, 次のように書かれています。

 ヨーロッパ大陸のひとつの流れは, 楽器の伝統的な音に基づいて, ジャズやフリージャズの音楽語法による伝統的なメロディーを奏でる音楽家達, 一方, もうひとつの流れは, 新しい演奏法を追及しノン・イディオマティックな音楽性を追求するイギリスの音楽家達である。

 さて, そろそろ1970年代, 80年代, 90年代について述べたいと思います。
 1970年代には, 即興演奏はより広く認められるようになり, ドイツやスイス, イタリア, ポーランド, フランス, イギリスなどのジャズフェスティバルとも関わるようになります。
それは, ジャズのリスナーに気に入られました。そして, 自由即興演奏に特化したフェスティバルも聴衆の興味を獲得しました。

 新たな聴衆は, 新たなコミュニケーションの必要性を生み出しました。新しい雑誌, ラジオ番組, 公的な補助金などが生まれ, 少数の人々のための僅かな収入を保証するマーケットも設立されました。

 1970年代終わりから1980年代にかけて, 即興演奏の認知度が高まるにつれ, 1960年代から活動している音楽家達が, 彼らの名前をトレードマークとして確立するに至りました(その多くは, お金を十分に稼げていませんでしたが)。
特に, Wuppertalと, イギリスのミュージシャンは, 彼ら自身を重要な地位に導いています。
これと関連したひとつの疑問は, 音楽家, 企画者, ジャーナリスト, 音楽業界の間で, どのように収益を分配していたか, ということです。

 1980年代の企画者たちは, ヨーロッパの共産主義から数多くの面白い音楽家達が出てきたことを目の当たりにしていました(例えば, ロシアのGanelin Trio, ポーランドのZbignev Seifert, ハンガリーのGyörgy Szabadoszなど)。そして, 民俗音楽との融合もまた, 即興演奏を面白くすると思っていました。

 1990年代には, コンピュータの普及により, より個人的な音楽がもたらされました。コンピュータを新しい技術や音作りのツールとして使うのです。近年では, 即興演奏のフェスティバルが減り, ラップトップ・コンピュータのみの演奏が注目されています。時には演奏者不在の演奏まであります。
 昔は, 音楽家はラップトップ・コンピュータは, あくまでも補助道具として使っていました。   生音にエフェクトをかけるとか, エレクトロアコースティックの音を出すとかです。

 さて, ここでの私の視点は, 音楽的素材の標準化の傾向についてです。

 ヨーロッパでは, 即興演奏は, 数多くの国や地方から助成を受けているにも関わらず, まだポピュラーとは言えません。ノルウェーやスウェーデンの政府や音楽産業は, ここ15年創造的な音楽の発展のためにお金を助成してきました。このことは, 創造的な音楽の新しいブランドを確立したという意味では, 成果があったと言えます。

 イギリスの即興演奏家達は, 音楽への興味だけ[12]で活動していたわけではなく, 即興演奏のためのヨーロッパで最も良い土壌を作ったと言えます。多くの音楽家は無名のままですが, 彼らは, 音楽家同士のコミュニケーションの場を作ってきました。何人かの音楽家は, 地方から国際的なネットワークまで, インターネットをベースとして, 音楽ビジネスから独立した場を築き上げています。

 さて, そろそろまとめに入りましょう。

 もし, 自由即興演奏が, 異なる音楽ヴィジョンの普遍的探求のための永続的で柔軟な道具になりえなければ, それは現在まであまり魅力的なものではなかったでしょう。ヨーロッパの最も重要な即興演奏家のひとり, Derek Baileyは, 次のように言っています「君は, 方法とコンパスさえ持っていれば, 地図がなくとも未知の世界に近づける。[13]」。
即興演奏は, 異なる社会, 文化, 音楽教育, 音楽的バックグラウンドを持つ人々がアイデアを交換することによって, 今も発展しています。もっと言えば, 即興演奏は, 国際理解のための外交手段でもあったのです。

 私にとって最も興味深い音楽家は, この種の音楽を演奏する個人的必然性(「お金のため」とか, そういうのではなくて)と向き合っている人です。つまり, 社会的に経験と動機を分かち合う音楽家達です。

 即興演奏において最も美しいと思うことのひとつは, それが誰でも演奏できて, 何か未知の面白いことを作る援けとなることです。責任はあるが解放された社会, それは, この惑星でみんながうまくやっていくことの基礎になると思います。

 ご清聴ありがとうございました。

*各ページの脚注は, 訳者による補足説明です。ミヒャエル・フィッシャーに訊いたものもあります。

[1] アフリカ系アメリカ人
[2] 伝統的なクリシェから解放された新しいジャズ
[3] いわゆる音楽大学などで習う音楽をアカデミックな音楽, と呼ぶ。近年は音楽大学で習う音楽内容も変わりつつあるが, ここではおそらく伝統的なクラシックやジャズを指す
[4] クラシックやジャズなど, 特定のジャンル
[5] 楽器を伝統的でない方法で奏するという点だそうです
[6]これは, アメリカのフリージャズに強くとらわれていた状況を意味している。
[7] どんなジャンルにも属さないように聴こえる音楽
[8] 例えば, 「ジョン・コルトレーンの真似をしてみよう」といった技術的な教育
[9] 個人的な音楽表現
[10] どちらが良い, という問題ではなく, それぞれの態度の人がいた
[11] シンセサイザーのメーカー
[12] ここでの「音楽への興味だけ」は, 「ビジネスには関心がない」という意味
[13] ここでの「方法とコンパス」とは「音楽の方向性」を, 「地図」とは「書かれた結果」を表わしているものと思われる。

CMF Archives

下のリンクより,それぞれの CMF 開催年の記録を見ることができます。

copyright© Creative Music Festival all rights reserved